白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養、暮らしと食をテーマに執筆しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通『栄養と料理』『ホットペッパー』などで執筆中。

2022年いりこの旅

 

漁を見学してきました。

 

お出汁になる「いりこ」、つまりはカタクチイワシの漁です。訪ねたのは香川県観音寺市(かんおんじし)に属する伊吹島(いぶきじま)、良質ないりこが生産されるので有名なところです。

 

港から連絡船で25分ほどの距離でした。

 

そもそもの始まりは、こちら。

『いりこのやまくに』のいりこが、おいしくて、おいしくて。

 

料理研究家、ごはん同盟のしらいのりこさんがおすすめされていたんです。試してみたら、確かになんとも上質な味わい。

彼女、やまくにさんともご親交があるとのことで、「見学行きたいねえ」なんて軽い気持ちで言ったら、トントン拍子に現実のものとなりました!

 

いりこのやまくに

『いりこのやまくに』は、うどん県としておなじみ香川県観音寺市にあります。

いりこを仕入れて、選別、加工、販売される業者さん。創業は明治20年というから、今年で135年の歴史あるお店。

 

こちらが山下公一さん、人呼んで「やまくにのおっちゃん」です。

この写真だとちょっと伝わらないかもですが、本当にまあ……ユーモアあふれる方で、トークが軽妙で、楽しくて。

 

はじめてお目にかかりましたが、すぐにそのお人柄のファンになりました。

 

端的に述べますと、おもろいんだわー、やまくにのおっちゃん。今回のいりこ見学旅、何から何まで取り仕切って、手配してくださって。心より感謝。

 

 

伊吹島からいりこ漁見学へ

さて話は戻って、いりこ漁。

4艘で1チームとなり、2艘が巨大な網を引いていりこを獲り集め、他の2艘が獲れたそばから伊吹島に戻って加工所に運びます。

 

 

「獲れたらすぐ加工!」なんですな、時間勝負。

 なるたけ鮮度の良い状態で加熱することで、おいしいいりこができるのだと。運び船、ホント「ダッシュ!」って感じで加工所に向かっていきました。しぶきを上げて、まっしぐら。寸暇を惜しむという感じが伝わってきましたねえ。

 

ちなみに私たちは海上タクシーにのって周囲から見学しています。

 

真ん中ちょい右寄り、n字型のものが巨大なホースで、獲ったいりこがグングンと加工所に吸い上げられていってます。

 

伊吹島周辺のいりこはこの時期、クラゲと一緒に網にかかることで、体に傷を負わずきれいな状態であがるのだそう。

せいろの上でキラキラしてるのがクラゲ、分かります?

 

これから海水でボイルされていきます。

 

ゆで上がった後、いりこ以外の余分な生きものを取り除いているところ。

 

網にかかってから加工所に運ばれ、ゆで上がるまで大体30分ちょいというスピード!

 

かつてはすべてが手作業、時間の短縮はここ50年でどれだけ変わったでしょうね。魚の鮮度もけた違いだったろうなあ。つまりは味もグンとよくなったということ。作業所内は生臭み、ゼロだったんですよ。

 

ゆで立てをひとついただきましたが、いやーーーーー驚いた、驚いた。

 

おいしい…!

 

海水プラス塩でゆがいただけで、カタクチイワシってかくもうまいものか。獲れ立てって、すごいなあ。ちなみに伊吹島周辺の海水は汚染もなく水質がよいから、ゆで水に使用できるとのこと。

 

いりこはこの後、ボイラーで24時間乾燥させて完成します。

 

見学させてくださった松本水産さん、ありがとうございました。

瀬戸内の海上に出たの、はじめてだ。

 

内海は穏やかで、水の青が深くて濃くて、まばゆかった。

 

島の近くはまた水の色も違って。

ぽつりぷかんと浮かぶクラゲよ、君はいりこの緩衝材になるんだねえ。

 

さて、こちらは『いりこのやまくに』さんが仕入れた、完成品のいりこ。腹が割れてるなど状態の悪いものを取り除いて、サイズ別に分けて、製品化されていきます。

その選別の精度がすばらしく高いの、現場で確認させていただきました。入念で、丁寧な仕事。そう、丁寧ってこういうことなんだなと。

 

炒った頭がね、なんともうまいんだ。

ビールのアテにしたかったなあ。

 

 

「これなんか特にモノがいい」と、おっちゃんが示されたいりこ。

青みがかった銀色が伊吹島産の最上のいりこの特徴と聞きました。

 

 

海の色が身に残っているかのような。

 

あ、ちなみに身が黄色くなっているものは酸化しているものだそう。酸化したいりこじゃ、おいしいだしは引けません。選ぶときの参考にしてください。

 

やまくにさんのネットショップはこちら

yamakuni-iriko.stores.jp

 

 

追記:いりこに混じって揚がる、そのほかの生きもの。

イワシにエビやイカ、ネブトとこのあたりで呼ばれるテンジクダイの姿も(タテ縞の小魚)。ネブト、すり身の原料になったり、揚げてそのままいただくとか。地元のスーパーでも売られていました。

 

余談ですけど、ボイルするときに一緒にかかったヒイカ(小さなイカ)を熱々の状態でひとついただいたんですが、これがまあ、うまかった。

忘れられません。

 

宮川製麺

「おおお! 並んでないやん、ラッキーやねえ、よかったねえ」

やまくにのおっちゃんが到着するなり、声を上げました。普段は行列もめずらしくないという人気店、宮川製麵所。

 

やまくにのいりこを使っているうどん屋さんです。

 

「忙しいと(店の人と)話もできないけど、これならいろいろ聞けるだろう」と。そこまで気を遣って考えてくださってることに、あらためて感じ入りました。

おっちゃん、ありがとう。

 

しかし私も初対面だというのにおっちゃん、おっちゃんと馴れ馴れしいですな……。親しみを込めて、ですよ。おっちゃん。

 

ああ、思い出してまた食べたくなる……!

素晴らしかったんですよ、宮川さんのおつゆ、そしてうどんが。いりこと酒、醤油だけで作っているらしいうどんつゆ、絶品だったな(昆布も入ってるかも?)。

 

いりこだしのおいしさ、その味の深みを再確認。

 

セルフでうどんを取って、おつゆを大きなひしゃくで入れていくのですが、朝のできたてが一番クリアでおいしいおつゆがいただけるよう。この日も開店すぐに足を運びました。

 

天ぷらや揚げもの類、そして甘めに煮られた厚めの油揚げもバツグンのおいしさ。

 

旅じゃなかったら、あるいはここで旅が終わりだったら、トッピングもいろいろつけて、あと2杯は楽しみたかった。でもねえ、無理は禁物。夜も翌日も快調に食べて飲んでをしたいし……。

 

なんてことを思いつつ、うつわを返しに行ったら

「冷たいのも食べていきなよ」と、ご主人が半玉ぐらいをサービスで食べさせてくれました。あ、あ、ありがたや……(涙)。

 

うどんの食感が全然違うなあ、コシと弾力がなんともほどよいバランス。

堪能しました。無心ですすりましたよ、おつゆにうどん。我ら一行、みんな食べてるとき無言でしたね。 

 

 

また訪ねることができますように。

香川県善通寺市のお店でした。

 

市の名前にもなってり善通寺、車で横切っただけですが素晴らしい趣の古刹でした。こちらも今度はゆっくりまわりたい。

 

おかみさん、お邪魔しました。

ごちそうさまでした!

 

やまくにのおかみさんお手製の郷土料理

さて、『いりこのやまくに』に戻りましたよ。

今回はごはん同盟、しらいのりこさん・シライジュンイチさんご夫婦と、スープ作家の有賀薫さん、有賀さんのカメラマンさんの5人で旅しております。

 

特別にお願いして、やまくにのおかみさんに郷土の味を作っていただきました。いりこを使った3品、実に実においしかった。忘れられません。

 

いりこめし。

いりこを使った炊き込みごはん、しらいのりこさん曰く「日本の炊き込みごはんで一番好き!」と。穏やかなうま味に満ちて、後を引くおいしさ。

 

ちしゃもみ。

 

ちしゃはレタスの一種。白味噌とゴマ、砂糖、少々の酢をすり鉢ですり和え、油抜きした油揚げと炒ったいりこを加えて作られます。ちしゃは現在手に入りにくいので、サニーレタスで代用。これ、夏のおかずにとってもいい!

 

ひゃっかの雪花。

 

「ひゃっか」は「まんば」という青菜のことで、高菜の一種。今の時期は出回ってないので、小松菜で代用されていました。

 

青菜、油揚げやさつま揚げ、豆腐を炒り合えて作られます。油揚げの油分だけで、油を使わずやまくにさんちでは炒るのだそう。練りものでやることもあるそうです。

いりこだし、醤油、みりんで味つけ。炒り崩した豆腐は雪のようだから、この名前になったよう。

 

香川県東部では「まんばのけんちゃん」という名前で呼ばれるもの。まんばは11月過ぎから出てくるようです。穏やかな味つけでしたが、いりこだしの深みが全体を彩って、とてもおいしい。真似して作ってみよう。

 

ああ、旅先で家庭の味をいただけるのは無上の喜び。

おかみさん、ごちそうさまでした!

 

しかし香川県は東部と西部で全然文化違って、おもしろいですね。各地であることですが。

あ、香川県名物のしょうゆ豆も出してくださいましたよ。

炒ったそら豆を醤油に漬けたもの。食感がおもしろいんだ。拙著『にっぽんのおやつ』でも紹介しています。

 

あと、ナスの辛子漬けがうまかった!

ほどよい辛味で、このあたりではおなじみのものだそう。私は小ナスの辛子漬けは食べたことあったんですが、こういうのは初めて。

 

なんかね、洒落た味わいで。冷やし茶漬けにしたらいいだろうなあ。夏にぴったりだ。

 

右からおかみさんのまきこさん、代表で娘さんの加奈代さん、そしておっちゃんこと、公一さん。みなさん、とっても表情の豊かな方だった。

 

本当に今回は、お世話になりました!!

いくらお礼を述べても足りないな、ありがとうございます。

 

と、ここで旅は終わりというわけではなく。

 

夜は高松へ移動。

おっちゃん推薦の『寿司中川』というお店へ。

 

おいしいものをそれはそれはたくさんいただいたのですが、「いりこ旅」に話を絞って書きますと、最後のオコゼのアラのお味噌汁にいりこだしが使われていました。

 

うーん、これが印象的でね。

 

いりこだしって私はもっと「表を張る」というか、主張強く際立たせるものというイメージだったんですけど、W魚のだしになってるのにひそやかに上品な仕上がりでなんというか、格調のある味わいで。

 

こんな使い方もできるんだなあ……。

 

発見いろいろ、楽しくてなりませんでした。他にもいろいろいただいて、観て回ったんですが、とりあえず今回はここまで。

 

いりこの原料となる魚が泳ぐ海に出て漁の様子を拝見し、加工のプロセスも間近に見られ、仲買の方の作業場を訪ね、そしてその製品を使用する飲食店で食べる……という1つのラインを実際に経験できて、感激でした。食の大きな流れを一緒に泳いだような。

 

しかしいりこ、現地でも使う人が少なくなり、また良質ないりこが獲れなくなってきている問題もあるよう。そして漁師減少の問題は各地で同様です。

国ぐるみで考えなければいけないこと。

 

 

 

お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

旅の仲間にも心から感謝。