白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養、暮らしと食をテーマに執筆しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通『栄養と料理』『ホットペッパー』などで執筆中。

川口『因業屋』は実にユニークな蕎麦屋さんでした。

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先日のこと。

普段は行かない、自宅から遠いスーパーに足を伸ばしたんですね。探してる食材があったのですが、それはともかくも帰り道。ちょっと道に迷ったら目に留まったのが「因業屋」の暖簾。その風情……!

「美瑛の新そば」と貼られており蕎麦屋さんであることは察せられますが、しかし気になる店名ですねえ。

日を改め、早速たずねてみました。

 

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カウンターの向こうには白髪をぎゅっと後ろにしばったご主人がおひとり。

「お好きなところへどうぞ」とおだやかな笑顔に内心、ホッとしました。いや、やっぱり「因業じじいがいるのかな……」なんて思うじゃないですか(笑)。

「あははは。そう思う人多いんでしょうね。30年ちょっとこの店やってますけど、店名が店名だから入りにくくて、という人やっぱり多いですよ」

 とはのちほどのご主人の談。

 

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カラッとよく晴れた秋の昼、まずはビールをオーダー。

「冷蔵庫から好きなの取ってください。うちはセルフです!」

開けてみればエビスやプレモルの中瓶、青島ビールなど外国産の小瓶が詰まっていました。ほかにワインボトルもあれこれと。

 

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おつまみとお酒のメニュー。ハウスワイン山梨県笛吹市のルミエールワインとな。

 

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店内のいたるところにワインボトルがあるんですよ。

「蕎麦とワインって合いますからねえ」とご主人。50代も後半ぐらいだろうか…?

 

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揚げそば、香ばしくて実にいい。お酒を頼むと出してくださるようです。

 

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おつまみで頼んだ「鴨つくね」(2本で500円)と、

 

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「いわし」(300円)。

 

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たっぷりネギの下に、ごくごくやわらかく炊かれたいわしが1匹。ひとり1皿頼みたくなる。「いわしそば」というメニューもあるのですが、これが載っているようです。

 

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ワインでもよかったけれど、いわしと合わせたくなり日本酒に。

「どちらのお酒ですか」と尋ねたんですが「西のほうのお酒です」と言われてそれきりだったので、深くはお訊きしませんでした。

こういうとき、私は追いません。

 

ビールに日本酒と進んで気も大きくなり、また常連とおぼしきお客さんがぽつぽつ帰られ、ご主人の手が空いてきたようなので、店名の意味などをうかがってみましたよ。

「因業って本来はいい言葉なんですよ。仏教の言葉でね…」

と、教えてくださったのですが……ちょっと一度聞いただけではよく分かりませんでした。適当なこと書いて拡がるのもご迷惑なので、またうかがったとき、きちんと尋ねなおしますね。

 

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お知り合いの奈良県のお坊様の揮毫だそうです。

 

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とにかく店内の総てがご主人の趣味嗜好で統一されている感じ。こういうのに包まれるのはうれしいなあ。店をたずねる愉しみのひとつです。

 

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ただね、それが「スキの無い感じ」ではないのです。むしろいろいろスキがあって、そこがまた心地よい。

 

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アクアリウムっていうのかな、水槽が店内にいくつかあるんですよ。パピルスが育っていたりします。小物がたくさん置かれているけれど、掃除の行き届いた感じが気持ちいい。

 

ぼんやりと、ゆっくり飲む。

「当たりだったなあ」「来てよかったね」と言葉を交わし。

 

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「生ハム、どうですか。ひと皿800円」

と、ご主人に声掛けされました。おすすめのよう。もちろん、いただきます!

 

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こんなにたっぷり来るとは。800円でこの盛り……都心なら値段、3倍ぐらいじゃないかな。蕎麦まえに生ハム、初体験でしたがなかなかいいものですね。

 

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 そろそろお蕎麦も……と思い、「因業屋そば」をお願いしました。海苔と卵とじがのったぶっかけの蕎麦。「熱いの、冷たいの、ぬるいのとできますよ。おすすめはぬるいの」とご主人。もうここまできたらすべて従います。ぬるいので。

 

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十割の蕎麦。ぬるいというか、熱々でないということで食べていて不満は感じず。蕎麦の香りがしっかりと漂い、幅はフィットチーネぐらい。 弾力はやわらかでとても食べよいものでした。しっかり量があるんだけど胃に軽いんだよな。

 

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 蕎麦湯の入れもの。

土屋典康さんという作家さんのものを多く使われているそうです。

 

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お蕎麦のメニューはこちら。もう少し食べたくなり、もり蕎麦をお願いしました。

 

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「半分まで食べたらあつもりにすることもできますよ。そのほうが蕎麦の香りを断然楽しめます」 とご主人。ぜひぜひ、それで。

 

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 つゆはやや甘めの感じ。

 

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 半分ほどいただき、 温めてもらいました。もっとほかほか湯気がのぼっていたのですが、私の拙い腕ではとらえられず。

 

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 うん、確かに蕎麦がより香る!

「十割だからできるんです。小麦粉入れてないから」再度温めても食感が悪くならない、的なことを仰られていたと思うのですが、ここも正確ではないのでとりあえずのメモ。しかし確かに、ゆで直しでコシが抜けた感じもなく楽しめました。

「冷たくする良さは食感。歯ごたえは冷たくするほうがいいですね。でも蕎麦の香りを楽しみたいなら断然あつもり。今は新蕎麦の時期だし、余計にね」

 

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「お昼は3時までですから、ゆっくりしてください」

 はい、とてもゆったりした時間を過ごせました…。いくつもの楽しさと新しい面白さ、経験させてもらいましたよ。

 

 思わず見上げた天井。 

 

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ごちそうさまでした。

 

ふたりで8千円いかないぐらい、お酒はビール1本ずつと、日本酒を枡で計3杯。

店の玄関わきでスイレンが2輪見送ってくれました。川口市役所のそばでアクセスは決してよくないんですけれども、またすぐにでも遊びに来たいお店。今度はうどんと天ぷらを目当てに来てみたいと思います。