白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養、暮らしと食をテーマに執筆しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通『栄養と料理』『ホットペッパー』などで執筆中。

『男はつらいよ お帰り 寅さん』

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正月休み中、『男はつらいよ』の新作を見てきました。きょうはその感想を。

【ネタバレ注意】です、ハイ。

 

 

 

第50作目の『男はつらいよ』、冒頭はシリーズおなじみ夢のシーンから。夢をみているのは寅さんの甥、つまり妹・さくらの息子である満男(吉岡秀隆)だ。本作の主人公は満男で、彼の回想と昔の恋人・泉(後藤久美子)との物語が主軸となる。

 

まずはとにもかくにも「とらやの人々、その後の世界」が興味深い。満男には高校生の娘がいて、なんと小説家として一応の名を成している。28歳ぐらいで結婚してすぐ子どもが生まれたとして、45歳ぐらいだろうか。

 

妻は6年前に病没したという設定で、おいちゃん・おばちゃんもすでに亡く。相続したのか、さくらと博はとらやに居住。小上がりに手すりが付くなど、あちこちリフォームしてある感じ。とらや自体、草団子はもう作っていないようでカフェ的な空間に(たしか黒板に「イチジク入りレアチーズケーキ」なんてメニューがあった)。三平ちゃんが健在、今は店長格なんだろうな。ちなみに彼も子どもがいる設定だ。

 

裏のタコ社長の工場は壊されてアパートになり、娘・あけみがどうやらそこに住んでいるよう(やんちゃな高校生の息子も登場)。あけみがタコ社長同様のアクセントとなってちょこちょこ出演、「タコに似て年々怒りっぽくなってくる」みたいな言われようで、声出して笑ってしまった。

 

映画館内、倍賞千恵子さんや前田吟さんあたりと同年代っぽい方々が多くてね。みんな、とらやの面々のその後が映るたび「あらあ…」とか「おやァ……」みたいな感じで小さくリアクションして、時に笑って。みんな『男はつらいよ』を結構観ているんであろう感が場内に漂う。だんだんと一体化してくる感じ、よかったなあ……。

 

そうそう、「御前様が見えたわよ」みたいなセリフにはちょっと場内がどよめいた。きっと多くの人が紅白の「AI美空ひばり」を体験してたんだろう、「まさかAI笠智衆!?」なんて思い浮かんだに違いない。

はい、実際何が出てくるのかはゼヒ本編でごらんください。

 

そう、本編。

 「あんなこともあったね」「こんなこともあったわね」

これでもかと過去作のシーンが多用され、ちょっとまだるっこしい部分も正直あったが、次第に満男と泉のストーリーがメインに。

私は何よりも泉を演じる後藤久美子の演技的進歩に驚いてしまった。いやね、もともと巧いひとではない。今回だって技巧的にどうこうというんじゃないんだけど……溢れ出るものが実に豊で。素で感じ入ることも多かったんだろう。そしてまた23年ぶりに演技をする彼女を全力でサポートしよう、よりよく映し取ろうというスタッフの熱意も感じられたというか。夏木マリ演じる感情的な母親と車内でぶつかり合うシーン、そして空港での別れのシーン、良かったです。演技経験だけが俳優を進歩させるんじゃないんだなあ。

 

あ、今回はリリーさんも出てきます。満男が「ゆっくり話すならここ」と連れてくる神保町の地下のバーのマダム、という設定。随分いいところにリリーさん店持ってますね、どんな紆余曲折があったんだろう。アンサンブルなのにひとり芝居のようで、大女優の貫禄をたっぷり見せてくれて。

そしてラストにかけて、歴代マドンナたちが1カットずつ挿入されていくんですよ。マドンナ走馬灯。大きなスクリーンに京マチ子岸恵子若尾文子が映し出される。いいもんですね、映画女優ってやっぱりすごい。それだけで大きなエモーションが場内いっぱいに広がる。同時に思い出される各回のエピソード。感極まるというか、涙が自然とにじんできちゃったな。

 

寅ファンとしては、観に行ってよかった。寅さんは出演、というのでもなく数回現れる演出なんだけれど、あれ以上やったら台無しだったと思う。現世と絡む演出でもなく、また亡くなってるという設定にするでもない感じが好ましかった。

 

 追記

最後に細かいことを。サントリーが協賛してるからなんだろうが、やたらプレミアムモルツが出てくる。夏木マリが車の中で飲むのは「ああ、なんか選びそう」としっくり来たが、とらやでプレミアムモルツの瓶が何度も出てくるの、ちょっと私には違和感。「もったいないわね、もっと安いのでいいか」「そうだな」なんてさくらと博、言いそうな気がしてね(笑)。