白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養、暮らしと食をテーマに執筆しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通『栄養と料理』『ホットペッパー』などで執筆中。

京マチ子さん、逝く。

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とうとう。

女優の京マチ子さんが亡くなられてしまった。95歳、心不全だったという。知り合いの関係者によれば最近までお元気だったよう。

本当に、見事な演技者でしたよね。舞台出身で(OSK)元々はダンサーであり、洋舞はもとより邦舞もお得意だった。いや、得意なんてもんじゃないですね。『八月十五夜の茶屋』という映画でけっこう長めに日舞を披露されるんですが、その見事さには舌を巻きました。

 

彼女の映画といえばまず思い出されるのが『羅生門』(黒澤明)、『あにいもうと』(成瀬巳喜男)、『浮草』(小津安二郎)、『鍵』(市川崑)、『偽れる盛装』『夜の蝶』(吉村公三郎)、『黒蜥蜴』(井上梅次)、『甘い汗』(豊田四郎)、『華麗なる一族』(山本薩夫)、『男はつらいよ 寅次郎純情詩集』(山田洋次)……どれも好きだなあ。そして各作品におけるキャラクターの違いたるや。なんという芸幅の広さだろうか。

 

私は銀座にあった並木座に十代の頃よく通っていたのですが、そこで観た溝口健二の『雨月物語』が忘れられません。この作品で京さんはこの世のものでない存在を演じます。その本性をあらわすシーン、妖気をにじませるその瞬間に私は心底ゾーッとしました。芝居というよりも、体の本質から異形のものになりきっている感じ。「とり殺してみせる」というその確信……!

あざやかで、ショッキングで。

 

 最初で最後のリアル観劇体験

もう13年前のこと。2006年に私は、京マチ子の舞台を観に行ったんです。京都・南座、『ああ離婚』という物語でした。

hakuouatsushi.hatenadiary.org

まだ残ってましたねえ、その日のブログ。表記のおかしいところもありますが、あえてそのままに。

いやはや、本当に心揺さぶられたんですよ。そのプロフェッショナルな動きと、観客の心の掴みかたに。そしてなによりも座内が一瞬にして華やぐあの凄さ。

 

 

赤木春恵さんも去年の11月に亡くなられたばかり。

 


The Teahouse of the August Moon Trailer

京マチ子さんといえば、1957年のゴールデングローブ賞(コメディ・ミュージカル部門)で主演女優賞にノミネートされているというのも書いておきたい。先に書いた『八月十五夜の茶屋』という映画で、共演はマーロン・ブランド

これ、当時の現地評はどうだったのかなあ。ゴールデングローブにノミネートされるぐらいだから、京さんは評価されたんでしょうけども。

 

www.goldenglobes.com

 

京さんは今年、カドカワによって特集上映が組まれていました。

cinemakadokawa.jp

ご本人もこのことをとても喜ばれていたようで、担当者ともお会いになっていたようです。ですから、本当に急逝だったのでしょうね……。

そして今年の2月には評伝『美と破壊の女優 京マチ子』(北村匡平 著 筑摩書房)も発売に。亡くなったその年に追悼上映が行われ、評伝が発売される女優はいますが、亡くなってしまう直前に期せずして……という人は稀有ですよね。しかも彼女、最後の仕事から13年経っています。

 

本当にすべて、スケールが違う。グランプリ女優なんて異名があったそうですが、桁違いのひと、と思わされます。

 

www.hanmoto.com

 

オリコンニュースによると、 

最後の舞台出演は、『女たちの忠臣蔵』(2006年9月明治座製作 橋田壽賀子石井ふく子演出)の瑤泉院役だった。

そう。最後に演じた役が「瑤泉院」というのがまた、いいですねえ。老け役ではなく、浅野内匠頭の妻の役。

 

www.excite.co.jp

 

東宝の発表によると

石井ふく子さんによりますと、数年前、京さんがお元気な頃に大好きなハワイへ赴き、自ら手配なさったお墓に入るとのことです」

 とも。永遠の地にハワイを選ばれたのかあ……なんとなく、「らしい」ですな。

 

京マチ子さん」の文字はツイッターでもトレンド入りに。多くの人が彼女の仕事ざかりの頃の写真を上げ、偲びのツイートをされていました。同時代の人だけでなく、新しい世代のファンをたくさん獲得されていたんだな。

 

繰り返しますが、本当に「規格外」という感じですよね。もちろん戦争を経験されている世代ですし、父親を知らずに育たれたと聞きますが、苦労やわびしさ、いじましさといった風情とは無縁。カーニバルの先頭に立つことを運命づけられているような感じがします。上流から底辺の人間までを嘘くさくなく演じられる天性の資質があったひと。

古事記』に出てくる女性すべてを演じられるようなものすごい表現力と引き出しの多さ、そして芸の厚みを、私は京マチ子から感じるんです。

 

心より合掌。ご冥福をお祈りいたします。

 

 

 

 

 

 

※最後に朝日新聞より追悼コメント集を引用しておきます

www.asahi.com

 長年親交のあった演出家の石井ふく子さんはTBSを通し、以下のコメントを出した。「京マチ子さんとは長いお付き合いでした。テレビ、舞台でたくさんのお仕事をしたことを懐かしく思い出します。私と同じマンションにお住まいになっていたので、親しくさせていただき、煮物などお好きなものを調理するとお持ちして、召し上がっていただくような仲でした。気さくな方で、お友だちがよくお部屋に集まっていました。大女優さんとお呼びするにふさわしいお芝居をされる方でした。京さんのような方はもう現れないと思います。お声を聞くことも掛けることも、もうできないことをとても寂しく思います」

     ◇

 映画「赤線地帯」「浮草」で共演した俳優の若尾文子さんは「本当にびっくりしました。同じマンションに住んでいて、暮れや正月に石井ふく子さんらとおせちを食べるなどしていた。今年の正月に会ったのが最後です。京さんの肉体がとてもうらやましかった。今の若い人には珍しくないのかもしれないけど、脚が長くて胴がつまって短いから胸がよくみえる。私も京さんも亡くなっても不思議はない年齢だと思っていたけど、ショックです」と話した。

     ◇

 映画「夜の蝶」などで共演した山本富士子さんは「ニュースで知ってしばらく声が出なかった。プライベートではきちっとしていて、それでいて編み物がお好きで、とっても気さくで庶民的な方。三浦半島の別荘に泊まりがけで一緒に行ったりして、とてもかわいがっていただいた。最後に会ったのは6年前。どうしていらっしゃるかなと気にしていた。日本映画に素晴らしい功績を残された。ご冥福をお祈りしています」と語った。

     ◇

 舞台やドラマで何度か共演した俳優の長山藍子さんは「京さんというと、官能的で妖しくてつやっぽい女性というイメージがありますが、実際はとてもサバサバした方でした。小さなことは気にせず、裏表もなくはっきり意見をいう人でしたね。それでいてふわっと包み込むような温かさ。周囲を和ませてくれたのを覚えています」と話した。

     ◇

 映画評論家の佐藤忠男さんは「日本映画を世界に広めた功績者のひとり。三船敏郎と並んで日本映画の顔だった。日本の女優さんの場合、きれいに立っているだけの場合が多く、特に時代劇の中では女優が受け身になりがち。だけど京さんはいつも今、自分が何をやっているのかを分かっていた。『羅生門』で彼女は相手をにらみつけて、胸の中に飛び込んでいった。『雨月物語』で演じた女の幽霊にはうねるような力があり、くっきりとした印象を残した。それが外国で受けた。舞台出身だったから、非常に動きが明快で力強く、肉体そのものが活力にあふれていた」と往年の演技を振り返った。