白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養や減塩をテーマに記事を制作しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通、『栄養と料理』、『ホットペッパー』、農水省広報誌などで執筆中。

自費出版本『女優 山田五十鈴』がすごい

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ひとこと、圧倒された。

なんという熱量、なんという丁寧な仕事だろうか。

今年の3月に出版された『女優 山田五十鈴は、この不世出の大女優の舞台写真および関係者へのインタビューを集めた写真集だが、その出来たるや圧巻のひとこと。

いやもう……すごい密度なんである。A4版416ページと厚い本だが、ページ数が多いだけで薄い本はいくらでもある。この本は厚くて、熱い。

 

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山田五十鈴のピンの舞台姿はもちろん、名優と共演の表情にテーマをしぼったページあり、邦楽をよくした彼女の演奏姿集、舞踊写真特集、稽古中などの姿を集めたスナップページ、プログラム表紙選、スチール写真選、はてはゆかりの品々や行きつけの店特集まで。ファンが知りたい、観たいと思うであろうことすべてを想像以上に満たしてくる。山田五十鈴に対するなんという愛執……!

 

こんなすごい自費本がかつてあっただろうか

さぞかし五十鈴好きなベテラン編集者が作ったのだろうな…と思いきや、なんとこれ自費出版なのである。そのことを知って私はなんかこう…ガツーンとげんこで殴られたような気持ちに。こんなすごいレベルのものを一般のかたが作っただなんて。

「お前は一体何をしているのだ」と、誰かに叱咤されたような気にすらなった。

 

それはさておき、責任編集者の名は美馬勇作(みまゆうさく)氏。奥付にプロフィールがあるのだが、昭和46年生まれというから今年47歳。高知で呉服商を営まれているそう。

小学生の頃、『新・必殺からくり人』が初めての出逢いだった。浮世絵そのままのうりざね顔と、総身に「粋」を纏った着物姿、他の追随を許さぬ貫禄と玄人っぽさに強く惹かれて以来、その虜となった。(あとがきより)

 そして美馬さんは思いのたけを13枚の便箋につづり、それは幸運にも五十鈴に届いた。高校一年生のとき東京宝塚劇場で「お目通り」が叶い、五十鈴愛はさらに過熱。最晩年の舞台まで通い続けたという。

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写真集の編集を決意されてから刊行までには約5年半の歳月を要したとある。ご本業を続けながらの作業は本当に大変なことだったろうとお察しする。

しかしまあ……よくぞ作ってくださった、という気持ちしかない。本当にね、国宝級の写真と思えるものだらけなのですよ。この杉村春子との相対なんて、芸の渦が深く深くふたりの間で巻いているようで、ずっと見入ってしまう。

 

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 ご存知「五十鈴十種」から名舞台の写真が存分にあるのはもちろんのこととして、こんなスナップがサラリと入ってくるところにこの写真集の意義がありますねえ。ひばり&五十鈴、芸の貫禄メガトン級。なんというツーショットだ!

 

着物の美しい立ち姿、日本髪の見本としても

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 ああ……眼福。 

 素敵な立ち姿、これでもかと見せてもらいました。うーん……やっぱり「立女形」ですね、山田五十鈴。歌舞伎の立女形じゃないと表現しえないスケールを易々と表現してしまう。そして何よりこの写真集は「お手本になる」、そこに価値がありますね。

 立兵庫、つぶし島田、紫天神、かしき……時代物のかつら、山田五十鈴が選ぶそれのまあ見事なこと。衣装のセンスはいうまでもなく。

 

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 そして衣装が良かろうが、着る人の顔やスタイルが良かろうが、着こなしと立ち姿がよくなければ時代物っていっぺんでダメになってしまうもの。五十鈴の着こなしを見てほしい。立派な役だけじゃなく、崩れた女の役のかつらと着物、その着こなし方の工夫たるや。かつらの「しけ」が醸すその苦労感、やるせなさ、一抹のただれた色気……。すべては名女優がすみずみまで精査して考えつくした結果だと思う。

 これは美馬さんのあとがき「『本朝女優鑑』として」にもある。

役柄ごとの衣裳と着付、髪形や化粧の手本としても、一級の「鑑」たり得るものになったと思う。しかもそれは着物の柄などの外面的要素だけではなく、たとえば本当の「粋」というものが、腹の底からの料簡と一つになって初めて姿形に現れるのだという、内面的要素をも知ることの出来る「鑑」である。

 戦国期の女も、江戸の女も、娘時代はこんな柄を着る、大人の女はこんなものを着る……なんて「常識」があったのだろう。「おとなになったら、あんな柄を着てみたい、あんな着方をしてみたい……」なんて思った幾年月があっただろう。山田五十鈴の衣装と着こなしからは、そんな時代の女の年月の厚みが見えてくるのだ!

 彼女自身相当な勉強家だったということも、本著の数々の証言からうかがえる。

 

 これねえ……ぜひ時代劇に興味のある女優さんたちに見てほしい。日本舞踊に携わるかたや、着物の絵を描かれる方も見てほしい。ひとつの模範が、ここにあるから。着るだけじゃ、かつら被るだけじゃダメなんだ。それらを選ぶ力、着こなす力がなければ。フィーリングだけじゃダメなんだ、時代物は。いいかつらを、衣装を選び、それらを一番魅力的に見えるようにかぶり、着こなし、歩いて動けなきゃダメなんだよ。山田五十鈴の静止写真からは、その良い動きまでが浮かんでくる。

 

裏方さんへのインタビューがまた貴重

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この本の感想は尽きない。

内容をさらに濃いものにしているのが、この「五十鈴を語る五十人」のインタビューページ。豪華な登場陣は上の写真を見ていただくとして、貴重なのは何より裏方さんへの取材だ。

演出家でプロデューサーの臼杵吉春氏、三味線方の清元美治郎氏、五十鈴の料理番をつとめた経験のある俳優の坂本小吉氏、中島貞夫監督(『大奥(秘)物語』の監督!)、長年の付き人・岸京子氏、五十鈴が長らく暮らした帝国ホテルの担当スタッフ、小池幸子へのインタビューなどは、本邦初の証言も数多く含まれると思う。実に面白く、興味深く読んだ。

この人選ができるところがまた、美馬さんのすごさの一端でもある。

 

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もちろん、俳優たちの証言も貴重なものが多い。浜木綿子が『香華』の郁代役のオファーを断ったというのは実に正直な告白だと思うし、片岡仁左衛門の「『先代萩』の政岡ができるのは山田五十鈴さんだけ」というのも納得。

そして裏方ではないけれども、脇役として五十鈴を支えた内山惠司、丸山博一の両氏のインタビューも趣深い。なんという可愛らしく、深い哀悼だろうか。

 

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 うーん……ダラダラと長く感想を書いてしまった。とにかく五十鈴にちょっとでも興味のある人なら、おすすめこの上ないです。

 この写真、素敵でしょう? 表紙を開くとこの五十鈴がお出迎えしてくれます。初版限定1200部だったのが、やはり良本は口コミで売れていきますな。五か月経って残り400部ちょっとのようです。

自費出版なので一般書店では取り扱いなし。申し込みはこちらをご参照ください。一部8千円(税抜)也。

 

※書内写真掲載には許可をいただきました

 

  この本を眺めていたら、山田五十鈴に会いたくなってしまった。きょうは何かDVDでも観るとしよう。美馬さん、素敵な本をありがとう!