白央篤司の独酌ときどき自炊日記Ⅱ

フードライター。郷土の食、栄養、暮らしと食をテーマに執筆しています。連絡先→hakuoatushi416@gmail.com 著書に『自炊力』『にっぽんのおにぎり』(理論社)、『ジャパめし。』(集英社)など。メシ通『栄養と料理』『ホットペッパー』などで執筆中。

『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』

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豆乳スープの朝。

ちぢみホウレン草に油条(中国の揚げパン)、卵にチーズも入れて、コクあり満足度高めの一杯です。基本レシピは有賀薫さんのもの。

www.hotpepper.jp

以前に企画した記事ですが、おかげさまで長いこと読まれています。

さて、本日はある本のことを。

 

中村紘子さんの評伝

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集英社から26日に発売されたこの本。

『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』

著者はクラシック音楽のライターで編集者、高坂はる香さん。

一気に読みました。

 

中村さんの過去の発言、登場記事を丹念に掘り起こされ、その業績を網羅して紹介。

何よりも取材人選の幅広さ!

彼女と交流のあった人はもちろん、あまり交流のなかった人々にもあえてインタビューを行っているのが素晴らしい。この本のたまらない「厚み」となっています。

 

特にピアニストの舘野泉、そしてヴァン・クライバーン国際コンクールの元・事務局長ロジンスキ氏の発言は貴重であり、この本の魅力のひとつ。

また弟子で秘書でもあったという菅藤奈津江さんの証言も貴重ですね。

 

個人的には、中村さん死去の翌春、夫君・庄司薫さんが専属調律師であった外山洋司氏に調律依頼をしたくだりが忘れられません。

約半年ぶりに触るピアノの感触は、もはやこれまで定期的に調律していたピアノのものではなく、音もタッチも眠ったままで、弾き手を失った楽器となっていました。喪失感に調律中何度も涙で鍵盤がゆがみました。(p.196)

 

そう、喪失感。

突然の訃報を聞いて、どれだけの人が喪失感におそわれたことか。

 

中村さんは賛美者も多かったけれど、アンチの人も多かった。それはスターの宿命でもあり、改革者、時代の推進者が背負わなくてはならない十字架でもありました。

しかしその彼らもまた、喪失感は大きかったことと思います。それほどまでに、彼女の足跡は大きかった。

そのことを、検証してくれる本でした。

もう一度、じっくり読み返します。

 

 

中村さんの本、もう一冊

実は、書きかけの文章があるんです。

去年に出版された、中村さんの遺稿集。

まだ喪失感も大きく、うまくまとめられず、書きかけてそのままになっていました。

今回よい機会だしまとめようかと思いましたが、あえて去年の書きかけのままを貼っておきます。 

 

『ピアニストだって冒険する』中村紘子さんの「新刊」

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中村紘子さんの「新刊」が届く。

オビにもあるように、最後のエッセイ集。

『音楽の友』という専門誌で長きにわたり書かれていた連載(2013年1月号~2016年8月号)と、『新潮45』で2011年ごろ書かれた3つのエッセイを加えてまとめられたもの。

 

届いてまず、パラパラとめくってみた。

前書きも、後書きもない。

考えてみれば当然のことながら、そのことがたまらなくさびしかった。あらためて彼女の不在を思う。

亡くなられて、もうすぐ1年。

 

 魅力的な“寄り道”たっぷりの自伝的エッセイ

中村さんの訃報を知った日のブログに、私は「自伝を書き残してほしかった」と書いた。彼女はすでに何を書いても許される位置にあるし、なにより日本人として国内外含め演奏会経験数はダントツ。彼女ならば、戦後日本の楽壇状況の変遷をおもしろく活写できたに違いなかったのだから…と。

しかしこの『ピアニストだって冒険する』は、そんな私の思いをかなり吹き飛ばしてくれた。この本は自伝的エッセイ…とまではいかないが、彼女が三歳でピアノを始めてからピアニストになり、やがて教育や審査にたずさわるまでの様々な思い出が、かなりの文量で盛り込まれている(総ページ数は約300p)。

ピアニストにとって人生最初の冒険は、どんな先生に出会うか、どんな先生を選ぶか、というところから始まるのかもしれない。

最初のエッセイ、「先生が恐い」はこんな文章から始まる。先生との出会いは結婚にも似ている…と。

 

ピアノファンの間では有名な、キーシンカントール女史のような運命的かつ強烈な例に始まり、中村さんの「先生と私」の思い出がつづられていく。

 

ワルシャワでの恩師・ジェヴィエツキ氏、そして大ピアニストであったニキタ・マガロフ、ステファン・アスケナーゼの両氏こと。アスケナーゼのことを書かれたものは初めて読んだが、残念ながら両氏にどんなアドバイスを得たかまでは書かれなかった(ここが私が知りたくて仕方ないところ。どなたかご存知ありませんか?)。

 

そして話は突然、中村さんが見聞きしたポーランドの名ピアニスト、ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのレッスン風景に飛ぶ。中村さんの文章はこの飛躍というか、「そういえばこんなこともあったわね、書き留めておきましょうか」という“話の道草”が実に魅力的なのだが、亡くなられた今となっては「本題をもっと突っ込んで書いてください」とも申し上げたくなる…が、それはまあともかく。

 

この本は、ピアニストの卵がどのように育ち、どのような教育を受け、考え、コンクールなどの試練を経て、プロとなり、そして活動を続けていくのがのぞましいか…ということをテーマにして描かれたエッセイ集だと思う。プラス、先ほど述べた「私の場合はこんなことがあった」という楽しいおしゃべりもたっぷりの。

(2017年7月のメモ)

 

 はい、読んですぐに書き留めた感想はここまで。魅力的な本ですよ。

ご興味あれば、ぜひ。

 

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グジュさん、生まれて丸6か月になりました。